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【連載:技術者倫理入門 (9)】

品質管理と製造物責任法(PL法)

安藤 正博  
技術士(機械電気電子総合技術監理部門)  
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「技術者倫理」の理解を深めて頂くために、把握しておく必要のある用語があります。今回の用語は「品質管理」と「製造物責任法(PL法)」です。
第二次大戦の打撃から立ち直り、高度経済成長期を経て、わが国における今日の産業経済の発展を支えたのは製造業でした。この製造業でつくられる製品に深く関係する「品質管理」や「製造物責任法(以下、PL法)」および「技術者倫理」はこの順番で米国から伝えられました。
わが国では「品質管理」を製造業の実務に取り入れ、それをわが国の製造業に適するものにする経験を重ねるとともに、技術者たちは導入した「品質管理」をより発展させました。この「品質管理」が「PL法」へ、さらに「技術者倫理」へと続く一連の出来事の始まりでした。その根底には安全確保の潮流があります。
これに関して、解説します。

1.品質管理

1925(大正14)年、米国の数学者シューハートが統計学を応用して統計的品質管理(SQC:Statistical Quality Control)を提唱し、近代的な「品質管理」の夜明けとなりました。わが国における夜明けは、1945(昭和20)年の第二次大戦の敗戦とともに始まりました。占領統治した連合軍が、わが国の通信設備に欠陥品が多いことに不便を感じ、1949(昭和24)年に通信機器メーカーの経営者を集め、統計的手法を取り入れた「品質管理」を指導しました。その際、「品質管理」とともに企業は利潤の追求だけでは不十分であること、社会的責任があり、顧客に奉仕することを第一に考えて経営を図らなければならないことなども指導し、当時のわが国の経営者たちに大きな影響を与えました。
その後、わが国はSQCの実務経験をベースに、総合的品質管理(TQC:Total Quality Control)を創造し、わが国の製造業での「品質管理」を一段と発展させました。このTQCを取り入れた国際規格がISO(International Organization for Standardization)9000シリーズ(品質マネジメントシステム)です。

(1)統計的品質管理(SQC)注1

森口繁一氏の著書『品質管理』(岩波全書、1979年)の10頁には『統計的品質管理を理解するには、専門的な訓練はほとんどいらない。常識でわかる。そして、使いようによっては十分に役に立つものである。それ自身で役に立つばかりでなく、それはまた、もっと進んだ方法を理解するための基礎ともなる』と記述されているように、SQCは「品質管理」の手法として、容易かつ有効な方法です。
品質特性に影響する因子は、原料・加工方法・作業員の能力など数多くあります。この因子の中より、明確に影響を与える因子を取り除くと、偶然原因のみの因子は統計学での正規分布に近づいてきます。したがって、品質特性の異常な分布の形に現れ、それをもたらす原因を突きとめて対処することができます。なお、標準偏差3σ値の97.73%を「品質管理」の限界とし、限界外に落ちる製品がほとんどない状態を「品質管理」がなされた状態と呼んでいます。つまり、製造業では製品の品質特性を定め、それに影響する因子を突きとめることで「品質管理」の状態を導き出し、その状態を維持するようにします。

(2)総合的な品質管理(TQC)注2

「品質管理」は、当初、規格通りに均質なものを大量に生産する技術で、製造部門と製品検査部門が中心の活動でした。それが、わが国では消費者の要求を取り入れるために市場調査が必要になり、設計部門が参加して、さらに営業とアフターサービスが加わり、品質というものが単に製品の質であるより、製品をつくって流通させるシステムの質という考え方に展開しました。TQCは、社長を頂点として、一般従業員に至るまでの全員参加の活動であり、製造業の企業体質を強化し、同時に、経営者自身が経営理念を具体化する方法となりました。

(3)品質管理の拡張 注3

「品質管理」は当初のSQCでは品質のバラツキを小さくし、一定品質の製品を大量生産する技術で、その限りでは技術者の専管事項でした。やがてSQCがTQCになり、社長を頂点とする企業全体の経営事項となったのは、「品質」が「物をつくり流通させるシステムの質」と認識され、企業の収益を左右する重要性が認められるようになったからです。それだけではありません。当初の「品質管理」は大量生産のための技術だったものが、PL法の登場により企業が巨額の損害賠償を負担することによって倒産の可能性さえあり、そういう事態を免れるために、欠陥のない製品を生産するための技術となりました。
さらに、「技術者倫理」が注目される段階になり、公衆の安全を確保するために、製品による危害を抑止する技術へと発展しました。SQCからTQCへの変化は、単に「品質管理」の技術内容の変化であるよりは、「品質」に対する認識を「経営トップが指揮して、全社的体制で取り組むべき事項である」と変化したのに対応したと考えられます。SQCの時代、製品の欠陥による事故については現場の管理職が業務上過失の責任を問われることが多かったのですが、TQCの時代に入ってからは、当然、企業トップの社長などに責任が問われるようになりました。

2.製造物責任法(PL法)

米国では、製造物の欠陥による被害について、早くも1932(昭和7)年に被害者が損害賠償を得やすくする方向で「PL(Product Liability)法」の萌芽が現れました。消費者に、人間として生きる権利自体が危機にさらされているとの認識が深まり、1962(昭和37)年、ケネディ大統領は消費者保護特別教書で「安全である権利」・「知らされる権利」・「意見を聞いてもらう権利」などの消費者の権利を宣言しました。この潮流で、米国では「PL法」が同年に登場し、わが国でも、米国におくれること33年後の1995(平成7)年7月1日に「PL法」が施行されました。この段階で、「品質管理」は企業が製品の欠陥を防止し、「PL法」による損害賠償の責任を負わなくてもすむようにする対策という性格を持つようになりました。注4

(1)PL法と民放の709条の比較

「PL法」では、損害が製品の欠陥によるものであることを被害者が立証するだけでよいのです。この「PL法」が制定されるまでは、1898(明治31)年に施行した民法第709条(不法行為法)によって、損害と加害者の故意または過失との因果関係を被害者が立証する必要がありました。しかし、被害者が製造業者の設計ミスや製造ミスによる過失があったことを証明することは容易ではありません。そこで、被害者による証明が不要で、故意や過失があろうがなかろうが、製品の結果が悪くて損害を与えれば、「PL法」により製造業者は厳格に責任を負うことになりました。
なお、欠陥には設計上の欠陥、製造上の欠陥、指示・警告上の欠陥があります。この指示・警告上の欠陥とは、製品の購入者に対して、危険を予防することや回避するため、製品購入時の取扱説明書などに注意事項として明記されている内容の欠陥を指します。

(2)PL法の免責事項

「PL法」は第1条目的、第2条定義、第3条製造物責任、第4条免責事由、第5条期間の制限、第6条民法への適用のわずか6条から構成されています。
第4条に免責に関する内容があり、その1号によれば、製造物をその製造業者が引き渡した時点での科学技術に関する知見によっては、その製造物に欠陥があることを認識できなかった際に、製造業者は損害賠償を負う必要はありません。なお、第4条2号には部品や原材料に関する免責が規定されています。また、製造物を開発する際に、その製造物が市場に出る時点でも入手可能な科学技術によっても予測できない危険があり、その危険性で被害を生じた場合も免責となり、科学の免責または開発危険の抗弁といわれています。同じように、取扱説明書の指示・警告を守らず、社会通念を越えた使い方(異常使用)や、予見できない非常識な使い方(無謀使用)をした際も免責となります。
また、原子炉の運転により原子力損害が生じた場合の損害賠償については「原子力損害に関する法律」が適用され、「PL法」における欠陥や不法行為法における過失の立証を必要としません。

(3)関連法律

製造業者と製造物による被害者との間に契約関係がある場合は、債務不履行責任(民法415条)、瑕疵担保責任(民法570条)、不法行為責任(民法709条)、「PL法」の全ての適用の可能性があります。
しかし、一般的に小売店より製品を買う場合は消費者と製造業者との間に直接契約はありません。このように、契約関係がなくても損害を受けた場合は不法行為責任法と「PL法」があり、この2つの法律が適用されます。
したがって、製造物に欠陥がある場合には、製造業者は債務不履行責任、瑕疵担保責任および不法行為責任の3つの責任があり、「PL法」の製造物責任は不法行為責任の特別法として不法行為責任のカテゴリーに入ります。
  1. 債務不履行責任(民法415条)
    契約上、一定の品質の製品を引き渡す義務を負っている者が、これを受け取る権利を持っている者に、品質を欠いた製品を引き渡した場合は、前者は後者に対して損害賠償を支払う責任があります。
  2. 瑕疵担保責任(民法570条)
    売買契約で有償契約の目的物が、同種同等のものが通常もっているべき性質や性格を欠如し、そのことを買い主が気づかず、気づかないことに過失がない場合、売り主は買い主に損害賠償を支払う責任があります。
  3. 不法行為責任(民法709条)
    故意や過失によって他人の利益を侵害した者(加害者)は、被害者に損害を支払う責任があります。なお、被害者が不法行為責任を製造業者に提示するには
    (@)被害(損害)があったこと/(A)加害者に故意または過失(被害の発生が予見できたにもかかわらず、その被害の発生を回避すべき義務に違反して被害を与えること)があったこと/
    (B)その故意や過失による被害との間に因果関係が認められたこと、という三つの点を被害者が主張し、立証する必要があります。

3.技術者倫理 注5

わが国での「品質管理」の夜明けは1949年で、「PL法」は1985(昭和60)年に、EC(European Community)が各加盟国に制定を呼びかけた頃です。しかし、わが国では製造業者側と消費者側との間に推定規定(欠陥を証明できなくとも、被害の状況から欠陥があったと推定できればよい)、開発危険の抗弁、懲罰的賠償(重大な過失があった場合は損害額を上回る賠償をする)の三つの主張に隔たりがあったため、10年後の1995年にようやく「PL法」が施行されました。
この「PL法」によって多額の損害賠償を得ても、失われた健康や生命は戻りません。被害による損害を発生する事故を起こさないようにすることが先決であり、科学技術のことがよく分らないで、その影響を受ける公衆(一般市民)に「技術者倫理」の基本である「公衆優先」の考え方が認識されるようになりました。
1947(昭和22)年にECPD注6(Engineers Council for Professional Development:米国の専門職業発展のための技術者協議会〉が公衆を保護する技術者の義務を是認し、1974(昭和49)年、技術者団体の倫理規程に「公衆優先の規定」が登場しました。この段階で、「品質管理」は製品による危害を抑制し、公衆の健康と安全を確保する主要な手法になりました。
なお、わが国での「技術者倫理」の夜明けは1998(平成10)年、(公益法人)日本技術士会の関係者による翻訳本『科学技術者倫理者の倫理』が出版された時です。この安全確保の潮流を「品質管理」・「PL法」・「技術者倫理」のわが国の夜明け順に図示し、図1注7に示します。

図1 安全確保の潮流
図1 安全確保の潮流

<参考文献>
「大学講義・技術者の倫理学習要領」杉本泰治・橋本義平・安藤正博共著、丸善出版、2012年8月
<本文の注釈>
注1 参考文献193頁と194頁を参照
注2 参考文献194頁を参照
注3 参考文献194頁と195頁を参照
注4 参考文献56頁と58頁を参照
注5 参考文献58頁を参照
注6 ECPDは米国ABET(Accreditation Board for Engineering and Technology:米国の技術者教育の第三者認定を行う機関)の前身の機関
注7 参考文献57頁の図2.2を引用

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