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【連載:技術者倫理入門 (8)】

説明責任

安藤 正博  
技術士(機械電気電子総合技術監理部門)  
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「技術者倫理」の理解を深めて頂くために、把握しておく必要のある用語があります。最近の原子力発電所事故の報道で「説明責任」という用語が使用されておりますが、今回はこの「説明責任」について解説します。

1.説明責任

わが国では「説明責任」という用語は2000(平成12)年頃に登場しましたが、米国では、旧くからアカウンタビリティ(accountability)という言葉で、一般市民に普及し使用されてきています。それと同時に、「説明責任」という行為自体が社会的に訓練されています。科学技術に関連する分野における「説明責任」とは公衆注1(一般市民)がよく知らされた上で同意する際に、公衆が十分に知る権利を有することと表現できます。
換言しますと、技術者は公衆が納得するように説明する責任(説明責任)があるということです。つまり、説明する側が「十分に説明したから、それで納得しないのは説明を受ける公衆の側に責任がある」とすることは、「説明責任」を果たしていないことになります。
もともと、アカウンタビリティは会計用語で、金銭を受け取って支払う業務を任された人は、任せた人からの要求があれば金銭の出入りを説明する責任を負っています。注2このような、会計用語を語源に持つ「説明責任」の行為には、専門家としての技術者が公衆には分りにくい科学技術の内容を、色々と工夫することにより納得してもらえるような説明をする努力が不可欠となります。
また、行政の「説明責任」は、公務員の義務として、その活動を国民に説明し納得してもらうことです。説明を受ける国民側としては、国民の権利として、説明が不十分と考えられる場合には、納得出来るまでの説明を求める事です。「説明責任」には、専門家としての技術者が一定の人間関係の下に負う「説明責任」から、行政が不特定多数の国民に対して負う「説明責任」までの幅があります。そこで、「説明責任」が遂行されるには、説明する者と説明を受ける者との間に、情報開示の関係および信頼関係が必要となります。

2.情報開示

1999(平成11)年に制定された政府の情報公開についての法律(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)では、その目的を次のように定めています。

第1条(目的)
この法律は国民主権の理念に則り、行政文章の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。
この第1条に、開示、公開、説明する責務(説明責任)などの用語があり、行政機関はその活動について国民に対して「説明責任」を負い、国民の開示を請求する権利を認めるという情報公開の原則が表現されています。
なお、開示(disclosure)はディスクローズ(discloseの名詞形)という語源のとおり、本来は内密に保有されているものを強制的に外に出すことの意味で、公開は公衆が利用できる状態にあることを意味しています。また、開示の仕方については、国民の的確な理解と批判が下されるように行なわれることが求められています。例えば、原子力発電の安全性と危険性については、専門知識を持つ専門家と専門知識を持たない公衆では、その意識に大きな違いがあります。図1に示すように、公衆はこの2つの意識が交錯する範囲の専門知識について強い関心を持ちます。したがって、専門知識を持つ専門家は安全性や危険性に関する情報を少しでも隠ぺいするようなことがあってはなりません。
原子力発電に関する専門知識は、学問区分でいえば原子力、電気、機械、化学、土木など広範囲にわたり、かつ細かく分化しています。この「専門知識と公衆の安全性や危険性と交錯する範囲」(図1の斜線範囲)を公衆に分り易く説明する手法の体系的な構築が、原子力発電事故においての「説明責任」が直面する課題です。
さらに、「説明責任」には表裏をなしている守秘義務(秘密保持義務)があります。「説明責任」を果す場合には、その情報の入手先の承諾を得ることなく他人に漏らしてはなりませんので注意が必要です。

図1 専門知識と公衆の安全性・危険性 注3
図1 専門知識と公衆の安全性・危険性

3.信頼関係

「説明責任」は説明する者と、説明を受ける者の間の信頼関係によって与えられ、その信頼関係を確認しながら情報開示が行われ、公衆に分り易く、納得できる説明へとつながります。
医師と技術者を例に挙げます。いずれも専門職ですが、医師の場合、治療時の人間関係は医師と患者の1対1の関係です。医師は患者の気持や理解力などを考慮して、納得できるように説明し、患者に対する「説明責任」を果たします。これがインフォームド・コンセント(informed consent)で、よく知らされた上での同意のことを指し、医療の領域で採用されています。
一方、技術者は1人の専門家として業務をする場合には、医師と同様の立場に置かれることもあります。しかし、技術者が設計し建設する道路や鉄道などは不特定多数の公衆が利用します。また、技術者が活動する企業では、大量生産する製品は市場を通じて不特定多数の消費者の手に渡ります。つまり、技術者には2種類の人間関係があります。すなわち特定業務の相手方との人間関係と不特定多数の公衆を相手にする人間関係です。特定業務の相手方とは、医師と同様に信頼関係を築くことは比較的容易です。しかし、不特定多数の公衆と信頼関係を構築することは容易ではありません。そこで、公衆との間で信頼関係を構築するためには対等関係と対話関係が必要となります。

(1)対等関係

技術者は公衆に隷属するのではなく、公衆と対等にあることで信頼関係をスタートさせます。つまり、技術者が「説明責任」を遂行しようと努力している一方で、公衆もまた、それを受け入れるために相応の努力をします。例えば、原子力発電をめぐって、一方に企業で発電業務に携わる原子力技術者がいて、他方に原子力は危険であるとの理由で原子力発電の反対者がいるとします。ここで、原子力発電の安全性と危険性について、公衆に対して「説明責任」を負うことについては原子力技術者と原子力発電反対者は対等です。
原子力技術者は、原子力発電が安全に電力を供給できることについて「説明責任」を、原子力発電反対者は原子力発電は廃止すべきであることの危険性について「説明責任」を果たす必要があります。この対等関係を図2に示します。

図2 説明責任の関係 注4
図2 説明責任の関係

(2)対話関係

私達は公衆と企業も、技術者と経営者も同じ社会に同胞として生活し、先の見えにくい将来に向かって生存を続けようと精一杯の努力をしています。「技術者倫理」は、技術者が同胞関係にある利害関係者(公衆を含む)との間に共通の場があり得ると信じ、対話を成立させようと努力することを前提としております。この対話関係が成り立つことで、「説明責任」を果たすことができます。この企業コミュニティ(経営者と技術者)と社会の関係を図3に示します。なお、敵対関係では倫理は全く無力となります。

図3 企業コミュニティと社会注5
図3 企業コミュニティと社会

(3)説明責任と信頼関係

「説明責任」と信頼関係について、より一層の理解を深めるには、引用文献の89頁から106頁までの全18頁を精読されることをお勧めします。
その内容は『原子力が社会から信頼を得るためには、どうすればよいか』について、日本原子力発電(株)社長・鷲見禎彦氏(当時)への杉本泰治氏のインタビュー記録です。なお、インタビューは福島原発事故が起る以前の2000(平成12)年11月21日に行われましたが、福島原発事故が起った後でも、その内容は参考にすべき点が多くあります。
このインタビューでは「説明責任」をはじめ信頼関係/お互い人間であること/危害の抑止/無理をしない、そして風透し/内部告発/基準のプラス・アルファ/誰の倫理が大切か/風透しの強調/米国のマニュアル・システム/日本のマニュアルの現実/独断専行の再評価の12テーマについて、鷲見氏が見解を述べておられます。その根本理念は、「説明する側も説明を受ける側も、どちらも人間であること』と『外部に対しても内部に対しても、風透しのよい組織にしておくこと』です。
ここでは「説明責任」・「信頼関係」・「お互い人間であること」の項目について、その要点を以下に記述します。
  1. 説明責任
    異常なことが生じれば、直ちに行政機関に全ての情報を報告し、報道機関にも発表する。同時に、異常内容と対応策もオープンにすることが原子力に携わる人間の心得である。また、第三者に納得してもらうように説明するという説明技術が原子力技術者に要求される。
  2. 信頼関係
    誠実さが相手に伝わるような人間を育成する必要があり、同時に、何事もオープンに説明し、その異常内容の全容を見せ、かつ、丁寧に説明することが不可欠である。
  3. お互いに人間であること
    反対する人も、私(鷲見氏)も、同じ人間として幸福を求めている。

<参考文献>
「大学講義・技術者の倫理学習要領」杉本泰治・橋本義平・安藤正博共著、丸善出版、2012年8月
<引用文献>
「説明責任・内部告発」杉本泰治著、丸善出版、2003年2月
<本文の注釈>
注1 公衆に科学技術の知識・経験・能力を加えれば技術者になり、技術者から科学技術の知識・経験・能力を取り去れば公衆になる。
注2 「原価計算精説」(山辺六郎著,白桃出版,1995年)の55頁より引用。なお、1954(昭和29年)の時点では まだ「説明責任」の用語はなく、「アカウンタビリティ」とカナ表記している。
注3 引用文献56頁の図3.2を引用
注4 引用文献51頁の図3.1を引用
注5 参考文献100頁の図4.1を引用

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