【連載:技術者倫理入門 (10)】 集団思考
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「技術者倫理」の理解を深めて頂くために、把握しておく必要のある用語があります。今回の用語は「集団思考」です。 技術者は多くの場合、集団のなかで研究開発や設計などの業務を行っています。したがって、技術者が個人として意思決定することより、集団で検討し、合意の上で意思決定(集団思考)する場合がほとんどとなります。このプロセスは有益な意思決定(三人寄れば文殊の知恵や頭脳は二つの方が一つより良いという考えかた)の方法と考えられていますがプラスの側面ばかりではなく、時にはマイナスの側面もあります。このことは、「集団思考」の判断結果は、個人で判断を行うケースと違った傾向になり、大きな落とし穴に落ちいることがあり得ることを示しています。そこで、今回は「集団思考」について解説します。 1.集団思考の8つの兆候米国の心理学者、アーヴィング・ジャニスが1982(昭和57)年に「集団思考(group think)の課題を「集団思考の8つの兆候」というタイトルで8項目に区分整理し提示しました。この提示をするのに、アーヴィング・ジャニスは色々な場面での「集団思考」の例を調査しました。その調査対象中には、歴史的な失敗例とされる、真珠湾の爆撃/朝鮮戦争での38度線突破の決断/キューバでの反革命軍のピッグス湾侵攻などが含まれています。これ等事例の分析・調査からアーヴィング・ジャニスは、高度の団結・連帯・忠実という特徴を備えている集団について「集団思考の8つの兆候」を見いだしました。その8つの兆候注1は
2.集団思考の悪い傾向事例本連載の「技術者倫理入門」(4)(テクノビジョン2014年1月発刊493号掲載)「倫理的判断が求められる問題を解決する際に役立つ事例」の中で登場する技術者、ロジャー・ボイジョリーと技術担当副社長、ロバート・ルンドの関係を思い出して頂きたい。最も強くチャレンジャー号の打ち上げに反対したロジャー・ボイジョリーは、打ち上げを決定する経営者の会議に呼ばれていなかったのでした。関係した技術者の多くが最終段階で沈黙したのは、ロバート・ルンドが経営者会議を開催する前に、一致するように仕組んだとみられています。これは「集団思考の8つの兆候」の中にある(7)「直接圧力」に相当します。このチャレンジャー号事故が最悪になり、ロバート・ルンドは悪人のように考えられますが、全会一致というまとめ方は組織の中でよく行われます。その延長線上のことと考えれば、われわれ自身も他人事ではありません。このような「集団思考」の兆候が、個人の倫理を実践する上で障害になる場合があります。技術者が集団組織の中で活動することは変えられませんが、いかなる場合でも「技術者倫理」の側に立脚し、技術者個人としての課題に対面する姿勢が必要となります。 しかし、「技術者倫理」の課題において、組織の判断の結果として個人的に実践しにくい場合、「集団思考」の見地から自分だけは逃避したいと考えることがあります。その場合は「集団思考の8つの兆候」の(3)に相当し、責任を他人に転嫁するという選択を行うことになります。つまり、組織の中で「集団思考」の悪い兆候に気づいて、建設的な対応策をとることは、組織のリーダーに必要な条件とされています。米国のジョン・F・ケネディは誤った助言によるキューバのピッグス湾侵攻の後注2、自身の試問団のメンバーに批判的な人材を充てるようにしたことや、また、会議に部外者を招待したり、自身がしばしば会議を欠席して、大統領の熟慮に不当な影響が及ばないように行動したとアーヴィング・ジャニスの調査記録に残されています。 3.集団思考と組織風土・安全文化組織が存在することは、コミュニティが存在し、コミュニティの人間関係は「おのおの存在が浸透し、規定し合っている」注3ということです。このことは、「組織風土」が形成され、その風土がまたコミュニティの人々に浸透し、個々の性格や行動を規定します。「集団思考」や連帯感というのも「組織風土」に深く関係します。また、企業コミュニティ内の経営者と技術者の関係は、業務執行に責任を持つ経営者が技術者を指揮監督する上下関係にあります。しかし、同時に同胞として互いに対話し、信頼する対等な立場でもあります。特に、企業コミュニティ外に敵対者が存在する際は、経営者と技術者を含む従業員はコミュニティ内で強い一体感を示します。つまり、経営者などリーダーの立場にある人は「組織風土」の形成に責任を持たなくてはなりません。 また、組織の文化は、その組織の個々が持つ教養の集合であり、個々が意図して育成されるものです。換言しますと、技術者の多くは組織に所属し、その組織には独自の風土や文化があります。したがって、組織の風土と文化の中に、安全性に対するしっかりとした姿勢が存在しなければ、技術者の個々が倫理観を持って業務を遂行することができません。そこで、公衆への安全性を総合的に考えることができる組織文化をつくる姿勢が必要です。それには、組織における「安全文化」を具体化するためにつぎの三つの文化を育成する必要があります。
特に、技術者は集団組織で仕事をすることが多く、その際に「集団思考の8つの兆候」のB項が作用し、安全に対する責任を組織の中の他人に転嫁する傾向になりますが、そのような行為は許されません。この他人に転嫁する傾向が生じますと、集団組織は全体として責任を持った行動がとれなくなり、責任の喪失につながり危険性が高まります。すなわち、個人の責任ばかりでなく組織の責任であります。なお、個人と組織の関係における責任については、民法715条に明確にされており、以下に紹介します。 民法第715条(使用者等の責任) 『ある事業のために他人を使用する者(社長など経営責任者)は、被用者(従業員)がその事業の執行について第三者に加えた障害を賠償する責任を負う。ただし、使用者(社長など経営責任者)が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りではない』と明記されております。なお、カッコ内は著者の追記です。 <参考文献> 「大学講義・技術者の倫理学習要領」杉本泰治・橋本義平・安藤正博共著、丸善出版、2012年8月
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