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【連載:技術者倫理入門 (15)】

技術者倫理の理解を深めるための事例シリーズ第5回
雪印乳業食中毒事故

安藤 正博  
技術士(機械電気電子総合技術監理部門)  
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今回は、雪印乳業(現在は雪印メグミルク)の食中毒事故から、技術者や経営者が学ぶべき、
  1. 事故後のリスク管理
  2. 食品の品質と衛生管理
  3. 現場を重視する対応
の重要性などについて解説します。

1.事故の概要

2000(平成12)年6月27日に、関西地域で加工乳飲料による食中毒事故が発生、最終的に死者1人を含む1万3,420人の有症患者を出し、日本の食中毒事故として過去最多の被害者を生じました。2000年6月30日付、朝日新聞夕刊の一面記事より引用します。『雪印乳業大阪工場で、今月下旬に製造された紙パック入りの加工乳飲料“低脂肪乳”を飲んだ人に嘔吐や下痢などの症状が出ている問題で、被害は近畿2府4県や岡山県で、自己申告も含めて約1,200人に広がったことが、30日大阪府や各県の調べでわかった。大阪市などが原因を調べているが、病原菌などは特定されていない。』

(1)雪印乳業大阪工場の状況

2000年7月1日、事故発生後、初めて大阪で石川哲郎社長が記者会見し、大阪工場の製造工程のバルブから黄色ブドウ球菌が検出されたと発表しました。その後、2000年7月6日に発症者が1万人を超えたにも拘らず、商品回収や情報公開の対応が極めていい加減で、石川社長の事故後の対応に社内外から強い不満の声が上がり、乳製品全体の消費に及ぼす深刻な状況となって、石川社長の辞任(注1)が固まりました。
7月1日の石川社長の記者会見で発表した汚染源は、その後、外部からの指摘で否定されると同時に、事故後の対応が杜撰であることを証明する結果となりました。その経緯を示す内容を2000年7月10日付、朝日新聞夕刊一面の記事より引用しますと、『7月9日、大阪市の発表によれば、雪印が低脂肪乳の製造工程にあるバルブから採取し黄色ブドウ球菌と公表した菌株を大阪府警が押収、大阪市環境科学研究所で鑑定した結果、種類の特定には至らなかったものの、同球菌とは別な菌と判明した。大阪市は“誰にでもわかるような試験で、なぜ違う試験結果が出たのか理解できない”とコメントを残した』という内容でした。
その後、大阪市は雪印乳業大樹工場(北海道広尾郡大樹町)が製造した脱脂粉乳から黄色ブドウ球菌の毒素「エンテロトキシンA型が検出されたと発表(注2)しました。この脱脂粉乳は大阪工場での加工乳飲料の原料として使用され、その加工乳飲料からも毒素が検出されました。大阪府警が大樹工場で4月10日に製造した脱脂粉乳のサンプルを押収し、大阪府公衆衛生研究所に鑑定を依頼した結果、サンプル1グラム当たり4ナノグラム(注3)の毒素が検出されました。なお、府立公衆衛生研究所の専門家は『大阪工場で製造する加工乳飲料は、大樹工場の脱脂粉乳を10倍に薄めるので、販売されている大阪工場の加工乳飲料から1グラム当たり0.4ナノグラムの毒素が検出され、この検査結果と、大樹工場で製造された脱脂粉乳サンプルの鑑定結果と合致している』との見解を発表しました。

(2)雪印乳業大樹工場の状況

大樹工場の製造工程で、2000年3月31日に電気室に氷柱が落下し、午前11時から約3時間の停電が発生しました。なお、この停電時の大樹工場での製造工程を図1(注4)に示します。

図1 雪印乳業大樹工場製造工程
図1 雪印乳業大樹工場製造工程(注4)

図1の4月1日の製造分での加温とクリーム分離工程(点線枠内)は、通常なら数分間で終了する工程ですが、停電のため脱脂粉乳が20〜30℃に加熱された状態で3時間以上も滞留する事態になっていました。加熱された状況では黄色ブドウ球菌が増殖し、同時に毒素である「エンテロトキシンA型」が大量に生成され、この毒素が食中毒を引き起こす原因になりました。このことから、酪農家は搾乳した生乳を4.4℃までに冷却し、タンクローリで加工工場に運んでいます。
図1の4月1日の製造分では、3月31日の停電で黄色ブドウ球菌と毒素が含まれたまま、冷却、脱脂乳、殺菌、濃縮、乾燥、充てんが行われ、900袋が製造されました。この900袋を検査した結果、ちょうど半分の450袋で一般細菌数が会社規格の1グラム当たり9,000個のところ、1万1,000個を検出しました。工場の担当者は、この先の工程で加熱殺菌をすれば製品に転用できると判断して、4月10日の製造時に生乳からの原料に前日の450袋分の原料を加えて脱脂粉乳を製造し、そのなかの278袋分を大阪工場に加工乳飲料の原料として輸送しました。
図1の殺菌工程は英国で開発された超高温殺菌法で、120℃以上の高温により脱脂粉乳に含まれる細菌類は一瞬で滅菌されました。しかし、高温殺菌で黄色ブドウ球菌は死滅しますが、生じた毒素「エンテロトキシンA型」は分解されず、毒素を失うことはなかったのでした。なお、高温殺菌では「エンテロトキシンA型」の毒素が分解できないことは、乳製品を取り扱う者の常識とされていました。

(3)雪印乳業八雲工場の教訓

雪印乳業は、食中毒事故を1955(昭和30)年に八雲工場で起こしておりました。その概要は、この工場で製造された脱脂粉乳にブドウ球菌が繁殖し、東京都墨田区の小学校で、給食に出した雪印製の脱脂粉乳を飲んだ小学生が激しい嘔吐と腹痛を訴えました。発生校は6校で、患者数は1,933人でした。原因は八雲工場で停電が発生し、原料の牛乳処理に時間がかかり、その間に細菌が繁殖した結果に起因しました。当時の佐藤社長は
  1. 直ちに、生産を停止し、製品の回収
  2. 直ちに、八雲工場の現場に駆けつけて調査
  3. その直後に、被害者、取り引き先、乳牛の生産農家にお詫びの行脚
などをして、企業のトップとしてリーダーシップを発揮しました。その結果、雪印乳業の会社ブランド力は市場から高い評価を受けることになりました。その後、佐藤社長はつぎのような“全社員に告ぐ”と題した訓示を、毎年、全社員に配布して二度と同じような事故を起こさないように注意を喚起しました。『当社の歴史上、未曽有の事故であり、光輝ある歴史にぬぐうべからざる汚点を残した。その影響するところ大であり、消費者の信用を失墜し、生産者に大いなる不安を与え、これまさに当社に与えられた一大警鐘である。人類にとって最高の栄養食品である牛乳と乳製品を最も衛生的に管理し、国民に提供することが当社の使命であり、誇りとするところである。この使命に反した製品を供給するにいたっては、当社存立の社会的意義は存在しない。信用を獲得するには長い年月を要し、これを失墜するのは一瞬である。そして、信用は金銭では買うことはできない』(注5)
この訓示を全社員に毎年配布することは1986(昭和61)年まで継続されておりました。しかし、当時を知る人もいなくなり、それを継承してきた訓示も配布されなくなった時に、再び食中毒事故が起きました。これは教訓を継承することの難しさを物語っている典型的な事例です。

2.技術者として厳守すべき事項

(1)常識の見落としをなくすこと

高温殺菌工程で黄色ブドウ球菌は死滅しますが、「エンテロトキシンA型」の毒素は高温殺菌工程では分解せず、人体に害を及ぼすことは乳製品を扱う技術者では常識といわれていました。しかし、工場内でのこの常識がどこまで認識されていたか疑問です。また、大樹工場では4月10日の脱脂粉乳製造工程で、4月1日に製造されて毒素が含まれた脱脂粉乳に水を加えて液状に戻された後、別の生乳から製造を始めた脱脂粉乳に混合されました。技術者として、このような見落としが起きない方策を事前に検討することが大切であり、同時に、どのような状況でも常識を見落とすことは許されません。

(2)社内規格を守ること

大樹工場で4月1日に製造した脱脂粉乳のなかで、一般細菌が社内規格(1グラム当たり9,000個)をオーバーする脱脂粉乳(1グラム当たり1万1,000個)があり、図1の製造工程に示すように、4月10日の製造工程のなかで再び高温殺菌工程で処理されるという安易な判断と、次のような背景によるものでした。それは、加工乳飲料がミネラルウォーターと同等、またはそれ以下の売価で、経営上、苦しい状況にありました。加工乳飲料が、その製品が本来認めてもらってもいい価格よりも低い価格で売られること、すなわち、製造コストよりプライス(売価)が低いことが、この事故の遠因の一つと考えられます。そこで、製造現場は少しのロスも出したくないという思いが先行し、自ら決定している社内規格に反して、汚染脱脂粉乳を廃棄せず、大樹工場より大阪工場の加工乳飲料の原料として輸送しました。しかし、技術者としては、社内規格に反した不合格品は廃棄するという厳しい判断が必要不可欠です。

3.雪印乳業食中毒事故から学ぶべき事項

(1)事故後のリスク管理対応の重要性

事故が起きてしまった以上、被害を最小限に食い止め、拡大を防ぐ対応が重要です。前述した2000年7月の石川社長のような対応ではなく、45年前の佐藤社長のような対応が大切になります。それには、顧客苦情に対して、どのように判断し、どのように対応するか、すなわち、クレームを受けてからの対応であり、特にクレーム初期判断や対応の遅れがないことが重要です。そのためには事前に緊急時の社内体制を整備し、指揮系統と同時に権限の委譲などを決定しておくことが必要になります。この事例では、特に突発的な停電事故に対するリスクアセスメントの事前準備の不備が事故を起こした大きな要因でした。

(2)食品の品質と衛生管理の重要性

この事故やカネミ油症事故(本連載シリーズ(12))でも、製造設備が機械化され、量産化されていくなかで、“食品”をつくっているという意識が薄れ、“モノ”をつくっているという意識になってしまったことです。食品に関連する技術者や経営者は、人間の健康に直結する製品をつくっているという自覚を持ち、自らの判断を行動の基準とすることが大切になります。この事例では、衛生管理の意識が希薄となり、後で殺菌するからよいという認識で汚染脱脂粉乳の取り扱いを誤ったことが、事故を起こした大きな要因でした。

(3)現場を重視する対応の重要性

この事件で、石川社長は大阪工場の現場を見ることもなく2000年7月1日の記者会見に臨み、大阪工場の製造工程にあるバルブに10円玉サイズの固形物があったことが問題となりました。石川社長は部下に対して、「君、それは本当か?」と質問し、事故発生後に現場を見ておけば、このような驚きの声は出なかったと考えられます。企業のトップである社長は、事故が発生したら、直ちに発生現場を十分に視察した上で、リスク管理の先頭に立ってリーダーシップを発揮することが要求されます。

<参考文献>
「大学講義・技術者の倫理・学習要領」杉本泰治・橋本義平・安藤正博共著、丸善出版、2012年8月
<注釈>
注1 朝日新聞、2000年7月6日夕刊一面「7月28日に、他の幹部役員らとともに辞任」
注2 厚生省・大阪市原因究明専門家会議、2000年12月「雪印乳業食中毒事故の原因究明結果」
注3 ナノは10億分の1
注4 参考文献44頁の図2.1、引用
注5 産経新聞取材班著、「ブランドはなぜ堕ちたか」
2001年の第1部「雪印・崩壊したブランド神話」41、42頁より引用

< 技術者倫理入門 (14)



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