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2026.07【特集記事】

日本が急ぐAI安全保障の技術的課題

第1章 なぜ今、日本はAIと安全保障を重視するのか
    生成AIの功罪と求められる「総合技術監理」的全体最適の知


野村 和哉    
技術士(情報工学部門総合技術監理部門経営工学部門電気電子部門)  
 

1−1.政策の背景

近年、日本の科学技術政策において、AI(人工知能)の重要性が急速に高まっています。現政権では、AIを「経済成長のエンジン」であると同時に、「安全保障を支える基盤」と位置づけています。これは、これまでのIT政策とは異なり、社会全体に関わる重要なテーマとしてAIを捉えていることを意味します。

その背景には、まず国際競争の激化があります。アメリカや中国、ヨーロッパなどが、それぞれ異なる戦略でAI開発を進めており、世界規模で主導権争いが起きています。一方日本は、技術力はあるものの、クラウドやプラットフォームなどでは海外に依存している状況です。このため、「自国でコントロールできる技術基盤を持つべきではないか」という問題意識が強まっています。

また国内を見ると、デジタル化の遅れも課題です。古いシステムのまま運用されている企業や、IT人材の不足などにより、データ活用が十分に進んでいません。こうした状況を改善するため、AIは非常に大きな期待を集めています。特に、製造業やインフラと組み合わせる「フィジカルAI」は、日本の強みを生かせる分野として注目されています。

しかしその一方で、AIの普及により新たな問題も生じています。生成AIによる偽情報の拡散や著作権侵害、AIの誤った判断など、社会的な影響も大きくなっています。また、企業を狙ったサイバー攻撃も増加しており、社会インフラへの影響も無視できません。

このように、AIは単なる便利な技術ではなく、「成長」「リスク」「安全保障」が複雑に絡み合う領域となっています。そのため、これらをまとめて考える政策が必要とされているのです。

1−2.AIガバナンス

AIの利活用拡大に伴うリスクへの対応として、透明性や安全性、個人情報・知的財産の保護が重視されています。ただし、AI事業者ガイドラインは前政権から継続的に検討・整備され、すでに策定・更新が進められてきたものです。AI戦略会議などで国際動向や利用促進、開発力強化が議論される中、日本はソフトロー中心のガバナンスを展開してきましたが、近年はAI基本計画の策定などを通じて制度面の強化も進んでいます。さらに投資や人材育成を含めた国家戦略としてAI政策を推進している点に特徴があります。

AIの利活用拡大に伴うリスク管理の重要性を踏まえ、誤判断やハルシネーション、差別的バイアス、偽・誤情報の拡散といった技術的・社会的リスクへの対応を重視する姿勢が示されています。また、AIの判断過程が不透明となるブラックボックス問題にも着目し、公平性の検証や学習データの信頼性確保、運用段階における継続的な性能監視の必要性が指摘されています。このように、単なる開発段階の管理にとどまらず、運用・社会実装まで含めたリスク統制を重視する点に特徴があります。

第一に、従来の深層学習や生成AIは、なぜAIが特定の判断を下したのかを技術的に説明できないことが技術的問題点です。そのため、判断の根拠やプロセスを記録・検証できる仕組みの設計が求められます。

第二に、学習データに含まれるバイアスに起因する差別的な判断や不適切な出力の発生が技術的な問題点です。そのため、学習データの品質を確保し、バイアスを検出・是正する技術、および運用中のAI性能を継続的に監視・評価する技術の確立が求められます。

最後に、AIの悪用やサイバー攻撃への利用、偽・誤情報の拡散など、AIが新たなセキュリティリスクを生み出していることが技術的問題点です。そのため、AIシステムの不正な操作による意図しない挙動や停止を防ぐセキュリティ技術の強化、およびAIが悪用される可能性を予見し対策を講じる技術開発が求められます。

1−3.コンプライアンス

現政権においても、AIの利活用に伴う法的・倫理的課題への対応は重要視されています。具体的には、プライバシー保護や著作権侵害、差別的バイアスの助長といったリスクに配慮し、関係法令の遵守の必要性が指摘されています。さらに、これらのリスク認識を踏まえつつ、AI基本計画の策定や官民による大規模投資、人材育成の強化などを通じて、AIの開発力と社会実装を同時に推進する点が挙げられます。すなわち、リスク管理と成長戦略の両立(信頼できるAI)を志向する政策展開が特徴です。

こうした政策展開の象徴的な取り組みとして、まず行政におけるAI・デジタル化の推進において、透明性や信頼性の確保が重要な要素の一つとして重視されています。具体的には、AIの利活用に伴う判断過程や結果について、説明可能性や検証可能性を確保し、国民の信頼を確保することが求められています。

とりわけ、政府が閣議決定した「人工知能基本計画」においては、「信頼できるAI」の実現が基本理念として掲げられ、透明性、公平性、安全性の確保を通じた社会的受容性の向上が図られています。

さらに、こうした方針の下で政府自らがAI活用を先導することが重視されており、行政実務へのAI導入を積極的に進めることで、安全かつ信頼性の高いAI利用の在り方を示し、社会全体への普及につなげる姿勢が特徴です。

まず、AIが生成するコンテンツが既存の著作物を侵害したり、学習データに含まれる個人情報が意図せず漏洩・悪用されたりすることが技術問題点となっています。そのため、AIによるコンテンツ生成時に著作権侵害リスクを自動で判定・回避する技術や、プライバシー保護技術の強化が求められます。

次に、AIの判断や出力に関して問題が発生した場合、その原因がAIシステム、学習データ、運用プロセスなど、どこにあるのかを特定できないことが技術的問題点となっています。そのため、AIの意思決定過程や学習履歴を詳細に記録し、その正当性や責任の所在を後から検証可能なトレーサビリティ技術(ハードウェアスタンプ、データスタンプ、ブロックチェーンなど)の確立が求められます。

そして、日々変化する法規制やガイドラインに対し、企業が手動でコンプライアンス体制を維持・更新し続けることは困難を伴います。そのため、AIを用いて最新の法令やガイドラインを学習し、企業のAI利用状況がそれらに準拠しているかをリアルタイムで監視・評価するようなコンプライアンス支援システムや潜在的なリスクの予兆を検出し警告するアラートシステムの開発が求められます。

1−4.安全保障

経済安全保障の観点から先端技術の強化と管理が重要な政策課題として位置付けられています。AIは半導体や量子技術等と一体的に推進される戦略分野の一部として捉えられており、技術開発力の強化とともに、国際競争力および自律性の確保が重視されています。特定国への過度な依存の回避やサプライチェーンの強靭化を図るとともに、既存の投資審査制度や輸出管理の枠組みを含めた対応を通じて、重要技術の流出防止と安全保障上のリスク低減が図られています。

防衛分野においても、AIを含む先端技術の活用は重要な課題とされており、防衛省では無人アセットの運用拡大に加え、指揮統制・情報収集機能の高度化、情報分析の迅速化などを通じてAIの導入が検討・推進されています。また、複雑化する戦闘環境に対応するため、指揮官の意思決定を支援するシステムへのAI活用も重視されており、状況認識能力の向上や判断の迅速化が期待されています。これにより、防衛能力の強化とともに、人的負担の軽減や効率的な運用体制の構築が図られる方向にあります。

まず、AI分野の国際競争力強化と自律性確保の観点から、国産AIの開発とインフラ整備が重要な政策課題とされています。具体的には、日本の社会や産業に適合したAIの研究開発を推進するとともに、データ基盤や計算資源の確保、データセンターやクラウド環境の整備を通じて、AI活用を支える基盤の強化が進められています。

また、これらの取組は、データ主権・技術主権を重視する考え方とも関連しており、海外プラットフォームへの過度な依存を回避し、国内のデータと技術を活用した持続的な開発体制の構築が志向されています。このように、産業競争力と経済安全保障の両立を図る観点から、AIインフラの戦略的整備が進められています。

そして、AI開発に必要な半導体やソフトウェア、学習データなどのサプライチェーンが国際的に複雑化しています。しかし、悪意ある介入や脆弱性を完全に排除できないことが技術的問題点となっています。そのため、AIサプライチェーンにおける各要素の信頼性を検証・保証する技術、および特定の国や企業に過度に依存しない、強靭なAIサプライチェーンを構築する技術が求められます。

一方で、AI技術が軍事転用可能なデュアルユース技術となっており、その開発・利用を適切に管理・制御することが技術的課題と言えます。そのため、意図せず兵器開発に転用されるリスクを防ぐための技術的な区分や利用制限を実装する技術、および輸出管理などに関する技術が求められます。

さらに、AIが悪意あるアクターによってサイバー攻撃や偽情報拡散、テロなどに悪用される可能性があり、既存のサイバーセキュリティ対策ではこれらを完全に検知・防御しきれないという問題点があります。そのため、AIを活用した高度なサイバー攻撃を検知・分析・防御するAIベースのセキュリティ技術、および偽情報やディープフェイクなどの生成AIによる悪用に対抗する技術の開発が求められます。

1−5.技術士に求められる役割

AIはIT、インフラ、製造、倫理などが複雑に絡み合う社会基盤であり、一つの専門分野だけでは課題を解決できません。そのため、技術士には技術面だけでなく、コストやリスク、社会への影響を含めた幅広い視点が求められます。

特に重要なのが「総合技術監理」の考え方です。部分最適ではなく全体を見渡し、バランスよく判断するアプローチが不可欠です。AIの普及に伴いリスクや課題が増える中、社会全体を見据えて舵取りを行う技術士の役割は、今後ますます重要になります。



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