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【連載:技術者倫理入門 (6)】

企業倫理

安藤 正博  
技術士(機械/電気電子/総合技術監理部門)  
 
「技術者倫理」のほかに、たびたび聞く言葉に「企業倫理」があります。この「企業倫理」の内容や、「企業倫理」と「技術者倫理」の関連、および企業における倫理的責任行為について解説します。

1.企業倫理とは

本誌「テクノビジョン」2013年4月号「技術者倫理とは」と同じように「企業」と「倫理」を分離し、最初に「企業」が存続して果たす役割を把握し、その後に「倫理」の概念と合体させることで「企業倫理とは」を理解して頂きます。

(1)企業の存在する理由
ピーター・ドラッカーは著書『経営の哲学』の中で「社会や経済はいかなる企業をも一夜にして消滅させる。企業は社会や経済の許しがあってのみ存在している。有用かつ生産的な仕事をしているとみなされる限りにおいて存在を許されているにすぎない」と述べ、このことが企業の存在理由だと表現しています。企業は社会に望ましい製品やサービスを提供し、いろいろな社会の要求に応え、これらに応えていくことで信頼性が高まり、中長期的に発展し、継続的存在が可能になります。 この存続のためには、
  1. 企業と顧客は共生関係にあり、企業の生き残りは顧客や取引先の継続的な支持に依存しています。
  2. 企業の価値は利益の創出であり、利益の創出がなければ、従業員をはじめとするステークホルダ(利害関係者)から支持を得られることができません。また、企業の利益を長期的に享受できるような企業活動が要求されます。
  3. 企業の外からみての企業の価値は、利益ではなく、いかに企業が社会に対して貢献していることが必要です。
(2)企業の社会的責任と技術者の役割
企業の責任は社会に対して貢献することです。社会貢献とは本業において社会的責任をきっちりと果たすことで、社会が期待する製品やサービスを開発し、より安価に提供することです。技術者はその重要な役割を担っており、技術者の夢と企業の目的は合致しているはずです。したがって、企業における技術者の役割は、本業で有効な、なおかつ、より安価な開発成果品やサービスを生み出し、社会に還元することです。その際、「技術者倫理」に則った行動が求められます。一般の人々は企業の技術者がいることを担保として、その企業の製品やサービスを安心して購入しています。 なお、経済産業省が2004年10月に発表した「企業の社会的責任」の報告書(企業の社会的責任に関する懇談会)より、企業が社会から求められている事項の中で、重要度の高いトップ3を以下に列挙します。
  1. 本業に徹することで、優れた商品・サービス・技術などを、より安く提供
  2. 不測の事態が発生した際に、的確な情報発信などの危機管理の対応
  3. 社会倫理に則った「企業倫理」の確立と遵守
(3)経団連の「企業行動憲章」
企業は公正な競争を通じて利潤を追求するという経済的主体であると同時に、広く社会にとって有用な存在であることが要求されています。そのため、企業は次の10原則に基づき、国内外を問わず、すべての法律、国際ルールおよび精神を遵守するとともに、社会的良識を持って行動することが、経団連(日本経済団体連合会の略称)の「企業行動憲章(2004年5月18日)」の考え方です。
  1. 社会的に有用な財、サービスを安全性を十分に配慮して開発の上で提供する。
  2. 公正、透明、自由な競争を行う。また、政治、行政との健全かつ正常な関係を保持する。
  3. 株主はもとより、広く社会とコミュニケーションを行い、企業情報を積極的かつ公正に開示する。
  4. 環境問題への取り組みは企業の存在と活動に必須の要件であることを認識し、自主的にかつ積極的に行動する。
  5. 「よき企業市民」として、積極的に社会貢献活動を行う。
  6. 従業員のゆとりと豊かさを実現し、安全で働きやすい環境を確保するとともに、従業員の人格と個性を尊重する。
  7. 市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力および団体とは断固として対決する。
  8. 海外においては、その文化や習慣を尊重し、現地の発展に貢献する経営を行う。
  9. 経営トップは本憲章の精神を実現することが自らの役割であることを認識し、率先垂範の上、関係者への周知徹底と社内体制の整備を行うとともに、倫理観の涵養に努める。
  10. 本憲章に反するような事態が発生した時には、経営トップ自らが問題解決にあたり、原因究明と再発防止に努める。また、社会への迅速かつ的確な情報公開を行うとともに、権限と責任を明確にした上、自らを含めて厳正な処分を行う。
これまでに解説した(1)企業の存在する理由、および(2)企業の社会的責任と技術者の役割を通して、企業の使命が明確になりました。この企業の使命に本誌「テクノビジョン」2013年4月号に掲載した「倫理」の意識を取り入れ融合させた概念が「企業倫理」です。この「企業倫理」を実践する際に、具体的かつ明確に表記した行動指針が(3)上記の経団連の「企業行動憲章」10の原則です。

2.企業倫理と技術者倫理

(1)「企業倫理」と「経営倫理」
企業は経済性管理、人的資源管理、情報管理、安全管理、社会環境管理などを実施し、企業の存続と社会的責任を果たしています。それぞれの管理は有機的に結合された上で企業活動が行われ、その活動を行う際は「企業倫理」に則って行う必要があります。しかし、経済性管理を行う際に「経営倫理」が存在し、「技術者倫理」と相対することが生じます。

(2)誤った考え方の「経営倫理」と「技術者倫理」
自由主義経済の社会で企業が存在していくからには、安くて良い製品を売って、企業間の販売競争に勝利することになります。この考え方は、より安く、より良い製品を開発しようとする努力であり、結果として公衆の福利の向上につながる正しい考え方です。
しかし、例えば、環境への配慮に欠ける手法を採用すればコスト削減になり、製作日程が短縮された際は安全面の配慮が行き届かなくなるなど、市場が要求するままに商品を販売していくことなどが1990年代までは時々見受けられました。これは、少なくとも一時的には企業の利益にかなうものとして容認された感があります。ここでは、この「経営倫理」を「誤った考え方の経営倫理」と称します。この誤った「経営倫理」で企業が行動した典型的な事例として、自動車メーカーのフォード製小型自動車ピントのケースがあります。フォード社は1971年に新しい小型自動車ピントを販売しました。その際、後部方向からの衝突時にガソリンタンクに穴が開いて、ガソリン漏れで火災が起こり、乗員が死亡するという事故を招き易いという欠陥があることが走行試験の結果で判明しました。結果的には、すべての車を改良して販売する支出金額よりも、事故が起こった場合に支払う賠償金の方が少額だという判断から、そのまま小型自動車ピントの販売を継続しました。フォード社の支出金額をより低く抑えるという考えは当時は当然だと判断し、この事例では技術者やその関係者は「技術者倫理」に則って実践することで、この決定を中止させることができなかったのです。すなわち、誤った「経営倫理」は「技術者倫理」と対立する関係にあり、「企業倫理」も遵守されてないかなり以前の事例です。なお、「経営倫理」は「企業倫理」の範ちゅうに入っており、このような事例は起こりえないと考えられておりますが、時として、企業の短期的に利益を求める企業活動が起因して、環境破壊や企業の不祥事を生じることがあります。

(3)「経営倫理」と「技術者倫理」の一致
全米プロフェッショナル・エンジニア協会(NSPE : National Society of Professional Engineers)の基本綱領は、最初の項目に「公衆の安全、健康、および福利を最優先する(公衆優先原則)」を掲げています。この最優先項目と企業の経済性管理を行う際のベースの考え方になる「経営倫理」は、前項(2)誤った考え方の「経営倫理」と「技術者倫理」に記述したように対立することもありました。しかし、近年、企業が倫理的に反する行為が企業に不利になることが自覚され、「経営倫理」と「技術者倫理」が対立することが少なくなっています。むしろ、「技術者倫理」の実践こそが企業において必須条件となり、そのような人材が要求されつつあり、「経営倫理」と「技術者倫理」は一致しつつあります。
ここで、「経営倫理」を包括している「企業倫理」と「技術者倫理」などの各倫理を階層関係に構成して、
図-1「各倫理の回想」(注)に示します。
公衆の安全、健康および福利に直接かつ密接に関連し、その上で職務が高等で専門的である技術者には、人間・地球人、社会人、組織人・職業人にそれぞれ求められている倫理を踏まえた上で、最高の倫理が求められることから、自らを厳しく律することが不可欠となります。

図-1 各倫理の階層 (注)

この図-1からも理解できるように、組織人や職業人としての「企業倫理」よりも高等で専門的な技術者または医師の「技術者倫理」と「医師倫理」が上位に位置します。すなわち、「企業倫理」より「技術者倫理」が上位にあります。

3.企業の倫理的責任行為

近年、企業の業績と同等に倫理的責任が問われることが多く、企業内の技術者が行動する際、技術者個人としての行動倫理にかなった行動が求められています。それは、以下の企業の倫理的責任行為です。

(1)組織的違法行為
「企業倫理」で問題になる違反は、個人だけでなく違法行為を犯した人物が属している企業ぐるみの組織的な違法行為です。違反した本人は法廷で裁かれますが、企業も消費者などによって制裁されます。

(2)注意義務違反行為
意図して違反行為を犯していなくても、過失によって問題が起こる場合があります。過失は注意義務に反することで生じます。商品やサービスを企業外に出す行為において、結果的に公衆の安全をおびやかすことになれば、開発、製造、販売のプロセスでの問題が追及されます。それは賠償問題に発展することもあります。

(3)説明義務違反行為
説明責任は、商品を製造する企業に課せられる義務であり、消費者サイドは知る権利を有し、その権利に応じる必要があります。したがって、説明責任を果たすのは当然のことです。このため、企業は商品にしっかりと表示し、説明書を添付します。しかし、技術に関する説明責任の場合は、技術を理解するには専門的な知識が必要で、そのために非専門家に対して、その知識を分り易く説明することが求められます。近年、説明を果たす対象品が消費者に対する商品の説明責任だけでなく、企業が所有する工場などの周辺住民に対して、工場廃棄物などの説明も対象になっております。

<参考文献>
「大学講義・技術者の倫理学習要領」杉本泰治・橋本義平・安藤正博共著、丸善出版、2012年8月
(注1)「日立製作所 企業倫理・法令遵守ハンドブック」(株)日立製作所、2008年(19頁)

< 技術者倫理入門 (5)  技術者倫理入門 (7) >


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