前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
【連載:技術者倫理入門 (7)】

リスク管理と危機管理

安藤 正博  
技術士(機械/電気電子/総合技術監理部門)  
 
「技術者倫理」の理解度を深めて頂くために、把握しておく必要のある用語があります。今回の用語は「リスク管理」と「危機管理」です。
企業などの組織は、その組織や施設を安全に守る仕組みとして、「リスク管理」と「危機管理」の2つの管理システムを備えております。この2つの管理について解説します。この「リスク管理」と「危機管理」の用語としての使い方に、それぞれの適用される分野によって若干の違いがあり、必ずしも明確でない点に注意が必要です。ここでは、事故や危機がなるべく起きないように対処する活動を「リスク管理」と称し、事故や危機の状況が起きた時の活動を「危機管理」と呼ぶことにします。したがって、「リスク管理」は定常的な組織で、定期的に運用されることが多く、「危機管理」は専門的担当組織は定常的に存在しますが、事故や危機が起きた時、短時間での対応を行わざるを得ないことが多く、一時的なタスクフォースとして実施される場合が多いのです。その際、短時間での対応には即断即決が求められるので、リーダには大きな権限が与えられ、強いリーダシップが非常に重要である点が「危機管理」の大きな特徴です。

1.リスク管理

(1)リスクの定義と表現法
リスクの概念には
  1. その事象が顕在化すると好ましくない影響が起こる。
  2. その事象がいつ顕在化するか分らず不確定
という2つの性質を持っています。
したがって、リスクは(1)の被害規模(影響の種類と大きさ)、および、(2)の発生確率によって表現されます。
一般的には「リスク=被害規模×発生確率」と定義されますが、単にかけ算の結果として、そのリスク値を判断することはできません。
例えば「大被害規模×小発生確率」のリスク値と、「小被害規模×大発生確率」のリスク値が同一であれば、発生確率が小さくても被害規模が大きい方が重大なリスクと特定されます。
リスクの中には、顕在化しても十分に対応できる場合もあり、いったん顕在化してしまうと企業などの組織の存続が危なくなる場合もあります。
このリスク概念を図1に示します。

図1 リスク図 注1

このリスク図は、発生確率を縦軸に、被害規模を横軸にとり、両者の積としてリスク値が等しい点を直角双曲線上で表示します。
発生確率が高く、被害規模も大きい領域は「リスク低減領域」と呼ばれ、この領域のリスクに対しては被害自体を減少させるために潜在的な危険性を減少させるリスク低減対策が必要です。また、発生確率は高いが、被害規模が小さい領域(極小規模の日常的な事故など)、および、発生確率は低いが、被害規模が大きい領域(大規模な自然災害など)は「リスク保有領域」と呼ばれています。これらのリスク対策を施すには巨額な費用がかかり、また、投資が無駄になる可能性も高いなどの理由により、リスクを保有することが合理的と判断されています。特に、このリスク保有領域には、保険をかけることでリスクを移転するという対策を行う場合があります。なお、リスク保有領域であっても、リスク顕在化時の被害規模が大きく、企業などの組織運営への影響が懸念される場合は、巨額な費用を投入して危機管理対策を検討しておく必要があります。
したがって、リスク低減領域とリスク保有領域の境界でのリスク基準を決定することは組織としての意思を示すことであり、「リスク管理(Risk Management)」の中で重要な意味を持つことになります。

(2)リスクアセスメント
リスク管理を実施する際は、組織やプロジェクトに関係する多様なリスクの存在を知り、それぞれのリスクに対して最適な分析と評価技術を用いてアセスメントを行います。すなわち、明確な対応方針に基づいて対策(リスク対応方針)を検討する必要があります。また、リスクアセスメントは「リスク管理」の中核となる技術手法で、リスクを前もって見つけ、それがどれくらいのリスクであるかを事前に評価し、評価の大きさに従って、しっかりと手を打っておくことが必要です。ここで、「リスク管理」の流れを図2に示すと同時に、「リスクアセスメント(Risk Assessment)」を主体に解説します。

図2 リスク管理 注2
  1. 最初に、リスク対応方針を策定し、安全を確保するための活動方針と緊急時対応方針を提示します。すべての活動が、この2つの方針によって実施されるように組織構成員に周知し、徹底させます。
  2. 次に、リスクに関係しているハザード(hazard:危険要因)を特定し、組織に重大な結果をもたらす可能性のリスクの把握を行います。
  3. その後のリスクアセスメントは、リスク解析とリスクの評価からなります。
リスク解析をするにはリスク発生のシナリオを描き、リスクの大小の算定(リスク算定)を行います。リスク算定では発生確率と被害規模を算定し、リスクの評価、その対応方針を決定します。ただし、その前にリスクの発生する弱点がどこにあるかを明らかにしておきます(弱点分析)。それを踏まえて、必要に応じて対策を講じた際、どのようにリスクが減少するかを検討する対策効果算定を行います。リスク評価は、リスク算定や対策効果算定の結果を踏まえて対策方針が決定されます。なお、対応方針は保有(リスクはそのまま保有)、低減(リスクを低減)、回避(リスクを回避)、移転(リスクを他に移転)の4つの方針があります。

(3)リスク対策
リスク対策を意思決定するために、リスクアセスメントの結果に基づいて総合的、多角的に判断する必要があります。その際、判断材料の一つとして、リスク評価をリスク評価フレーム(リスクマトリクス)形式で許容する領域と許容しない領域の間に線引きを行うことができます。このリスク評価フレームは、被害規模の大きさと発生確率の値により、評価対象リスクを4つの領域に分けています。このリスク評価フレームを図3に示します。

図3 リスク評価フレーム注3

ここで、リスク評価フレームの各領域の内容を解説します。
  1. 顕在化した場合は、被害規模も大きく、発生確率も大きく、リスクを最優先して被害影響の低減対策を実施する領域です。
  2. 発生確率は小さくなりますが、顕在化した場合の被害規模が大きい領域で、発生確率がある値以下ではリスク保有またはリスク移転の領域です。組織としては、リスク対策の優先順位は、Cの領域より高くなります。
  3. 発生確率は大きくなりますが、被害規模が小さい領域で、日常で経験することが多い領域です。特に、被害規模が一定の値より小さい場合はリスクを保有する領域です。
  4. 組織として、そのリスクを許容してもいい領域です。
なお、リスク回避には、現時点で実施しようとしている手法と違う方法に変更したり、事業や投資自体を断念したりする方法も含まれます。
また、リスク移転は、被害規模が大きく、発生確率が小さいリスクは、その対策費用が高額になることが多々あります。しかし、その投資負担に耐えられないと判断される場合、保険をかけることによってリスクの移転を図ることがあります。

2.危機管理

「危機管理(Crisis Management)」は、危機への対策に共通性を見つけ出し、それを体系化することを目的とした学問体系です。危機とは、さまざまな緊急事態から発生するもので、自然災害と人災に大きく区分されます。ここで、自然災害は、必ずしも不可避なものでないという点が重要です。この「危機管理」の対象となる不測事態のカテゴリを以下に示します。
(i)組織内の経営問題(労働災害など)/(ii)組織外の経営問題(スキャンダルなど)/(iii)産業災害(放射能漏れなど)/(iv)自然災害(地震など)/(v)犯罪(テロなど)
「危機管理」では、組織のトップに立つ人物の強い意志と、効果的に実行するために「危機管理」の活動をする基本要素を理解し、計画立案することが不可欠です。

(1)危機管理の3段階
「危機管理」には、以下の3つの段階があります。
  1. 事前準備段階
    不測事態のカテゴリの危機を一つ一つ検討し、「危機管理」の作業を実行する順序が定まった段階で情報収集や被害想定を行います。被害想定は最悪の場合を想定することにより、準備の程度をより高くすることができます。次に、資機材の備蓄、教育訓練、連絡先の確定などの準備が主要です。なお、経営上の問題として「危機管理」の作業を実行するチームをつくり、そのチームで組織の方針や責務などを検討する作業も、この準備段階に含まれます。
  2. 緊急事態対応段階
    事前準備に基づいて緊急事態対応を行いますが、発生した危機に対して意思決定者は迅速な情報処理や適切な意思決定を定めます。また、意思決定の過程において、正式なルールや手順によって行うことが難しい場合は、非公式なプロセスによって迅速化することを許可しなければなりません。
  3. 事後復旧段階
    緊急事態が終了し、意思決定者は通常業務に復帰しますが、危機の被害が顕在したものと潜在するものとがあり、どちらにも復旧活動を行う必要があります。「危機管理」の体制を直ちに解除することなく、「危機管理」の活動効果を測定・評価し、計画の有効性や手順の適性などを検証する必要があります。
(2)危機管理活動の基本要素
「危機管理」の活動には以下の3つの基本要素があり、効果的に実施する必要があります。
  1. 最悪の事態を予測して対応策を準備する。
  2. 「危機管理」をする担当者は、危機がもたらす損害の形態と範囲を分析・評価した後に、最善の手法で実施する。
  3. 平常業務の再開について計画・立案し、同時に再発防止に努めます。
(3)危機管理マニュアルの整備
「危機管理」のマニュアルは、緊急事対応を円滑にするため策定する必要です。マニュアルは次の3点に留意して整理し準備する必要があります。
  1. 事前準備段階でのマニュアルの準備
  2. 対策組織を明確に定めるマニュアルの準備
  3. 復旧対策を明確に定めるマニュアルの準備

3.リスク管理と危機管理の違い

事故や危機が、なるべく起きないように対処する活動を「リスク管理」と称し、事故や危機的な状況が発生した時の活動を「危機管理」と称すると解説してきました。そこで、今迄に解説した「リスク管理」と「危機管理」を対比して、それでの管理をフローチャートにして図4に示します。
以上のように「リスク管理」と「危機管理」を的確に推し進めることは、「技術者倫理」の見地では大切なことです。
図4 リスク管理と危機管理注4

東京商工会議所注5の「リスク管理」と「危機管理」の違いを記述した文章『リスク管理には、危機時の体制やマニュアルの整備などの危機に対する対応事項が含まれる場合もあり、一方で危機管理も危機発生時にその被害や悪影響を最小限にとどめることに限定せず、危機を発生させない活動も含めて危機管理と呼ぶこともあります。例えば、危機管理を(1)平常時の危機管理、(2)緊急時の危機管理、(3)収束時の危機管理と分類し、リスク管理を危機管理に含めます』

<参考文献>
「大学講義・技術者の倫理学習要領」杉本泰治・橋本義平・安藤正博共著、丸善出版、2012年8月
<引用文献>
「技術士制度における総合技術監理部門の技術体系」(2版)(公益社団)日本技術士会、2004年
<本文の注釈>
注1 引用文献P.135の図5-3
注2 引用文献P.132の図5-1
注3 引用文献P.138の図5-4
注4 引用文献P.133の図5-2
注5 引用文献P.133より引用

< 技術者倫理入門 (6)  技術者倫理入門 (8) >


前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト