【連載:技術者倫理入門 (5)】 内部告発と警笛鳴らし
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わが国のどの領域で「技術者倫理」が浸透し、十分に実践されているかのバロメータは、その領域の「内部告発や警笛鳴らし」の状況を観察すれば良く分かると言われております。換言しますと、「内部告発や警笛鳴らし」が十分に実践されている領域は「技術者倫理」がその領域内の技術者をはじめ関係者に十分に把握され、実践されていると言っても過言ではありません。 そこで、今回は「内部告発と警笛鳴らし」について解説します。 1.日本の内部告発と米国の警笛鳴らしの差異近年、日本で技術者も関係したと考えられる企業の不祥事が続発したことは周知のとおりです。例えば、
これらの多くは、「内部告発」により、事件の実態が世間の目に触れるようになりました。 そこで、この「内部告発」に関して、最初に米国(USA)の「警笛鳴らし」と比較しながら、その内容について述べます。 「警笛鳴らし」は「Whistle blowing」の邦訳で、米国の警官が犯罪を知らせるために笛(whistle)を吹く(blowing)ことに由来しています。日本の時代劇で、目明しが下手人を捕らえるときに笛を鳴らしている場面を想像すると「警笛鳴らし」のイメージがうかび易いと考えます。 企業などの組織で、個人または一部の人々が不正行為を行うことで、不祥事へとつながる可能性があります。その不祥事を事前に防止するため、上司や組織幹部に、または専門窓口に、時には監督官庁などへ「内部告発」する行為を、米国では「警笛鳴らし」と称し、「内部告発」をする人物を「警笛を鳴らす人(whistle blower)」と呼んでおります。 日本の「内部告発」では「密告」と「警笛鳴らし」を含んだ範ちゅうとなっております。(図-1参照)
日本では、組織内の恥部を外部に開示することを嫌う風習が強く、すなわち、組織内の不祥事を開示する「内部告発」という形をとることが少なかったのです。しかし、近年は企業におけるグローバル化の影響などにより、しばしば「内部告発」が行われて、組織の不祥事が明るみに出てきています。そのことで、組織の倫理が問われる事態となり、特に、企業の場合は消費者の不買運動が起こり、社会から間接的な制裁を受けることが多くなっております。 このような背景から、近年、企業は不祥事を世間の目にさらす前に、不祥事につながる小さな芽を摘み取るように動いています。多くの企業では、不祥事防止を目的に不正行為の把握と防止のために、「内部告発」用窓口を設けています。それは単に不祥事を隠すことが、将来の業績悪化に直結することに気づき始めたからです。また、不祥事を起こした場合、企業の代表として社長などのトップがメディアを通じて、世間の人々に陳謝する場面が多くなっています。このような状況により、多くの企業は「内部告発」の窓口を設けると同時に、従業員に対して、どんなに小さな不正行為でも、この窓口宛にメールなどで情報を提供してほしいと依頼しています。こう言った考え方で、日本では密告情報でも、すべて「内部告発」の範ちゅうに入れて、社内窓口で受けています。 例えば、エーザイ(製薬メーカー)では2000年に社内告発窓口「コンプライアース・カウンター」を設け、通報した従業員への保護配慮を行っています。また、NEC(電気機器メーカー)は「ヘルプ・ライン」と称する「内部告発」システムを2002年に設け、問題が小さいうちに社内不祥事の芽を摘み取るシステムを確立しています。 日本では社会や市場からの締め出し、および経営トップのメディアでの陳謝をなくするために、どんな情報も企業窓口で収集し、その情報をベースに調査して、不正行為の明確化と防止対策を行っているのが現状です。簡単に表現しますと、日本では、「内部告発」の範ちゅうの情報は「警笛鳴らし」の範ちゅうに、密告やタレこみなどを加えた「なんでもあり」の状況です。 今後、日本はJABEE(Japan Accreditation Board for Engineering Education:日本技術者教育認定機構)での学習や企業での実践により「技術者倫理」が浸透し、この「なんでもあり」の状況からアメリカのように密告を除外した「警笛鳴らし」の考え方により、日本の「内部告発」と米国における「警笛鳴らし」が全く同じ範ちゅうに移行してほしいものです。 換言しますと、日本での「技術者倫理」の定着度は、この「内部告発」の実情(「なんでもあり」から「警笛鳴らし」の範ちゅうのみ)を観察することで判断できると言っても過言ではありません。日本でも、1日も早く「警笛鳴らし」の範ちゅうで「内部告発」が行われ、同時に、組織での不祥事が発生しないことを願っています。 これらを実現するために、日本の工学系高等教育機関において「技術者倫理」を学習すること、つぎに、それをベースに、技術者が企業などの組織に組み込まれた際に「技術者倫理」を実践することで、「警笛鳴らし」の範ちゅうで「内部告発」が行われることが切望されます。 2.内部告発が許される判断基準わが国では、「内部告発」と呼ばれるのは、一般に新聞などのマスメディアや監督官庁へ、匿名または匿名条件で行われることを指します。誰が「内部告発」したのか不明だから制裁はされませんが、制裁がないことは同時に保護することができないという意味です。「内部告発」の通報には、以下の3種類があります。
前述の3種類や密告スタイルのいずれも通報の効果は同じで、通報先の判断によって不正が公表されたり、また不正行為が是正されたりします。それならば、制裁されることが分っていて記名で通報する@は必ずしも賢明な策ではありません。またAとBによる密告なら、組織内の人間関係を大きく損なうことはなくなります。 しかし、企業の「内部告発」の通報には、通報する立場と通報の影響を受ける企業の立場があります。したがって、通報者となる側の対策と企業側の対策は自然と異なります。通報者となる人は、本来、企業組織の一員です。企業内の不正や、その兆候が生じた時、それを知った人は、まずは通報するかどうか、そして、どこに、どのように通報するかを考えます。その人と企業の経営者は、この段階では同じ組織の、いわば同胞です。したがって、組織内の問題として解決するのが「内部告発」の通報問題の基本です。企業に勤務する技術者の身になって不正や不祥事、または、その兆候が見つかったら、対策を検討する必要があります。技術者として、公衆に対する責任が最優先されますが、当然、自身の雇用者に対する責任も尊重しなければならぬことです。 そこで、次の7項の選択肢があることを念頭に置いて、「内部告発」の通報を決断すべきです。
ただし、「内部告発」が社会に正当として認めてもらうために、予想される被害や自身の状況認識が、他人を納得させるだけの証拠となり得る必要があります。その上で、かつ「内部告発」という行為に見合うだけの成功の可能性があることも前提になります。「内部告発」は技術者として企業に対する秘密義務を守るという倫理性と専門技術の義務を遂行する上で公衆の安全と健康・福利を最優先するという公益重視の倫理性の葛藤問題にかかわります。 一方では、雇用主から解雇される可能性があり、もう一方では、技術者としての義務を果たす必要があるという葛藤の結果が「内部告発」になるのです。このため、「内部告発」が企業内で済ますことができて、その結果、企業内の問題が解決され、不祥事とならないように工夫することが多くの企業で模索されています。それが、コンプライアンス・カウンターやヘルプ・ラインなどの「内部告発」の窓口システムです。関係のない一般の人々に重大な危害が及ぶリスクの高い状況で、上司や経営者に話をして、それでも聞き入れてもらえない場合に、最後の手段として「内部告発」をすることになります。 3.公益通報に対する保護公益、環境、安全を脅かすような行為を明らかにしようと「内部告発」をすると、失職したり、収入源を絶たれたりするなど大きな損失を受けることが多く、個人に多大な犠牲が発生します。そのような背景から、公益通報保護法が制定されました。この法律は2004年6月に制定され、2006年4月に施行されました。なお、米国では1982年4月にミシガン州が「警笛鳴らし保護法(Whistle Blower Protection Act)」を制定しています。 ここで、日本の公益通報保護法について述べます。 (1)目的 この法律の目的は第1条に次のように記載されています。 「この法律は公益通報をしたことを理由とする公益通報者の解雇の無効等ならびに公益通報に関して事業者及び行政機関がとるべき措置を定めることにより、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする」 (2)公益通報 公益に反する行為を取り締まるために、刑法、食品衛生法、廃棄物処理法など、公衆の生命や身体、財産の保護にかかわる法令があります。これらの法令に違反する行為などがあった場合の通報が公益通報です。そこで、「内部告発」の発生の通報とその関係を述べます。
この法律が施行されてからは、法にかなった公益通報者への解雇は無効になります。また、企業の経営者は適法な公益通報者に対して、降格・減給などの不利益な取り扱いはできません。同時に、適法の公益通報があった際は速やかに事実を調査し、通報された対象事実を中止や是正するための措置が必要です。 なお、この保護法で救済されるのは、労働者と派遣労働者に限られています。 <参考文献> 「大学講義・技術者の倫理学習要領」杉本泰治・橋本義平・安藤正博共著、丸善出版、2012年8月 |