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【連載:技術者倫理入門 (4)】

倫理的判断を求められる問題を解決する際に役立つ事例

安藤 正博  
技術士(機械/電気電子/総合技術監理部門)  
 
本連載の「技術者倫理入門(2)」で、わが国の工学系高等教育機関における「技術者倫理」の学習目的は、技術者として有意義な人生(注1)を過ごすための学習であると述べました。この有意義で、かつ楽しい人生を過ごすためには、技術者として倫理的判断を求められる問題を見事に解決することが不可欠となります。
そこで述べたように、その解決法は三つあり、すなわち、(1)手法による解決法(例:決議論)、(2)具体的事例による解決法(例:チャレンジャー号事件)、(3)上司・先輩の指導による解決法(例:OJT)の三つ解決法です。前回「技術者倫理入門(3)」に続き、「技術者倫理入門(4)」では、そのなかの一つで、先人が体験した具体的事例を学習し、そこで遭遇した問題を、どのように先人が解決したかを把握します。それをベースに、技術者は自身が遭遇する問題と比較検討し、直面している問題を解決する方法です。特に、技術者の多くが企業、機関などの組織で働く際に、組織のなかで遭遇する倫理問題を解決することが必要になってきます。
今回はスペースシャトル・チャレンジャー号事件を解説します。この事例は、米国やわが国で「技術者倫理」を学習する際は必ず提示されるポピュラーな事例です。
なお、この事例を学習し、かつ、いろいろな立場から考察することは「技術者倫理」の理解を深度化する点からも有効です。

1.チャレンジャー号事件発生直後の新聞報道(概要)

1986(昭和61)年1月29日付の「日本経済新聞」夕刊の記事を引用・転載します。
『真冬の青空にオレンジ色の炎と白煙がぐんぐん伸びていた。誰もが「打ち上げ成功」と思った直後、惨劇が起きた。一瞬後、シャトルが四方に飛散、「ウソだ」「信じられない」歓声があっという間に悲鳴に変わる。テレビの前の米国民は誰もが息をのんだ。宇宙開発史上最大の悲劇に、深夜の日本列島も衝撃に包まれた。ハイテクの結晶といわれ、安全性への信頼度が高かった宇宙定期便に、一体何が起きたのか』
なお、スペースシャトル・チャレンジャー号は1983(昭和58)年以来、9回の宇宙飛行に成功し、10回目の飛行で悲劇が生じました。

2.この事故の「技術者倫理」の観点からの描写

ハリスたちの著書(注2)より、チャレンジャー号(図-1 外形参照)打ち上げ前夜の描写を、以下に引用・転記します。
図-1 チャレンジャー号の外形
(出典/日本宇宙少年団「スペース・ガイド2003」丸善 2003年)

外部燃料タンクはオービター(軌道船)のメイン・エンジン用の液体酸素約600トン、液体水素約100トンを積む。この外部タンクの両端についているのが補助ブースター用の個体燃料ロケットで、1本当たり約500トンの固体燃料を積む。事故は、右側の固体燃料ロケットの下部接合部(図の右翼フラップ周辺)に円周方向にはめられたOリングが弾性を失い、シールの役割を果たさなかったために燃料ガスが漏れた(参考文献の73ページより引用)
『1986年1月27日の夜、モートン・チオコール社(注3)(以下はMT社)の技術者、ロジャー・ボイジョリーは、非常事態に直面した。スペースセンターは、翌朝の打ち上げに向けて秒読みを始めていた。しかしながら、スペースセンターとのテレビ会議で、彼(ロジャー・ボイジョリー)の上司ロバート・ルンドは、打ち上げに反対する技術者たちの勧告を伝えたのである。この勧告は、Oリング(注4)の低温でのシール性能についての技術者たちの懸念に基づいていた。ロジャー・ボイジョリーは、Oリングにともなう問題を知りすぎるほど知っていた。Oリングはブースター・ロケットの接合部のシール機構の部品である。もし、その弾性をあまり失うと、シールがうまくいかなくなる。結果は高熱ガスの漏洩であり、貯蔵タンク内の燃料への点火であり、そして、破滅的な爆発である。技術的な証拠は不完全だが、不吉な前兆を示している。すなわち、温度と弾性の間に相関関係があるのである。比較的高い温度でもシール周辺でいくらかの漏れはあるが、過去最悪の漏れは11.7℃で起きていた。打ち上げ時の予想大気温度の−3.3℃では、Oリングの温度は−1.7℃と推定された。これは、以前のどの打ち上げ時の温度よりずっと低い。今、スペースセンターとのテレビ会議は一時的に中止されたままである。MT社が技術者と経営者による再検討のために、テレビ会議の中止を要請したのである。NASA(注5)はMT社の打ち上げ中止勧告に疑問を呈している。スペースセンターは、MT社の承認なしには飛行を決定したくないし、MT社の経営者は技術者たちの同意のない勧告は出したくない。MT社の上級副社長ジェラルド・メーソンは、NASAが飛行を計画どおりに成功させたがっているのは知っていた。また、MT社がNASAとの新しい契約を必要とし、打ち上げに反対する勧告が、その契約獲得の見込みを大きくするはずのないことも知っていた。結局、メーソンは、その技術データが決定的なものではないことに気づいた。技術者たちは、飛行が安全に行えなくなる正確な温度についての確かな数値を提出できないでいたからだ。彼ら(ロジャー・ボイジョリーたち)のよりどころは温度と弾性の間に明らかに相関関係があること、Oリングの安全性といった重大な争点に保守的になる傾向である。スペースセンターとのテレビ会議は間もなく再開されるはずで、そこで決定されなければならなかった。ジェラルド・メーソンはロバート・ルンドにこう追及した。「君は技術者の帽子を脱いで、経営者の帽子をかぶりたまえ」、先刻の打ち上げ中止の勧告は逆転された。ボイジョリーは、この技術者の勧告の逆転に激しく動転した。人間として、疑いもなく、宇宙飛行士たちの安全を気遣った。死と破壊を引き起こすようなことの一員でありたくなかった。しかしながら、これには、それ以上のことが関わっていた。ロジャー・ボイジョリーは、気遣う市民というだけではすまない。彼は技術者であった。Oリングが信頼するに足りないことは、専門職としての技術業の判断であった。彼は、公衆の健康と安全を守る専門職の責務があり、そこで明らかに、その責務は宇宙飛行士たちにも及ぶと信じていた。今や、その専門職の判断は踏みにじられつつあった。ジェラルド・メーソンのロバート・ルンドに対する指図に反するが、ロジャー・ボイジョリーは、自分の技術者としての帽子を脱ぐのが適当だとは思わなかった。技術者としての帽子は誇りの源であり、そして、それは一定の義務を伴っていた。彼は思うに、ひとりの技術者として自分の最良の技術的判断をし、宇宙飛行士を含む公衆の安全を守る責務がある。それゆえに、MT社の経営陣に、低温での問題点を指摘して、打ち上げ中止勧告を逆転する決定に、最後の異議申し立てを試みた。最初の打ち上げ中止勧告に戻るよう、気も狂わんばかりに経営陣の説明に努めたが、無視された。MT社の経営者は最初の打ち上げ中止勧告の決定を覆したのであった。翌日、チャレンジャー号は発射後73秒で爆発し、6人の宇宙飛行士と高校教師クリスタ・マコーリフの命を奪った。痛ましい人命の損失に加えて、この惨事は巨額のドルの装置を破壊し、そして、また、NASAの評判を劇的に落とした。ボイジョリーは惨事を防ぐことに失敗したが、自分の専門職の責任は、自分が理解していたように実行した。』
以上のハリスたちの描写で、実名で登場するMT社の人物は3名です。
  1. 上級副社長のジェラルド・メーソン
  2. 技術者で、技術担当副社長のロバート・ルンド
  3. Oリング担当技術者のロジャー・ボイジョリー

3.組織での「技術者倫理」の問題

科学技術に関する組織のなかで、経営者と技術者が遭遇する倫理上の問題を、メーソン(経営者)、ルンド(技術担当副社長)、およびボイジョリー(技術者)の立場より解説します。

(1)メーソン(経営者)の立場
メーソンは、この場合ではMT社の最終的な意思を決定する立場にあります。単に、メーソンが実行した内容を善と悪とに二分して、メーソンが悪ということで切り捨てる考え方は「技術者倫理」の学習では不毛です。メーソンは取締役会から業務執行を委任されて、仮に会社に損害を及ぼすようなことになると賠償責任が生じます。この点を考慮して、経営的判断をする必要があります。メーソンはNASAが飛行計画どおりに成功させたがっていることを知っており、かつ、MT社がNASAと新しい契約を必要とし、打ち上げに反対する勧告が、その契約獲得の見込みを大きく外す結果になることを知っていました。メーソンはルンドに向かって「経営者の帽子をかぶりたまえ」と言い、打ち上げをするしかない決定は技術者の見地よりも経営者の見地からなされるべきと発言しました。その理由は、メーソンが事故原因究明に当たる議会の調査委員会(別称「ロジャース委員会」)で、つぎのような根拠を述べています。
  1. 打ち上げ反対に関係技術者が全員一致ではなかった。
  2. 気温とOリングのシール時間の関係が定量的数値で示されていなかった。
  3. 定量的な数値がないときなど、技術者は重大な局面では必要以上に保守的(安全サイド)になる傾向が強いという認識であった。
(2)ルンド(技術担当副社長)の立場
ルンドは当初、部下の技術者ボイジョリーなどの主張に同意して、NASAに打ち上げ中止を勧告しました。その上司であるメーソンに「技術者の帽子を脱いで、経営者の帽子をかぶりたまえ」と言われ、この決定的な場面で考え方を変更しました。ルンドは技術者と経営者の両方の立場にあり、組織のなかで上位のメーソンの指示に対して「NO」と言いにくくなり、技術者としてすべきことと経営者としてすべきことが対立し、最終的に後者を選択しました。すなわち、利益相反というタイプの「技術者倫理」の問題です。

(3)ボイジョリー(技術者)の立場
ボイジョリーは技術者として「公衆の健康と安全を守る専門職の責務」があることを把握の上、宇宙飛行士も公衆であると意識しておりました。ボイジョリーは事件後のロジャース委員会での証言に際し、上司から会社を不必要に中傷すべきでないということを注意されたが、Oリングについて、彼の意見を会社が尊重しなかった点を明らかにし、会社から処分を受けました。しかし、その後、米国科学技術進歩協会から倫理的な技術者として表彰を受けました。ボイジョリーは一方において会社に対して誠実で、会社の秘密を守る義務があり、他方において公衆の安全を確保するため技術者としての注意義務があり、当然のように彼は後者を選択する決断をしました。すなわち、ボイジョリーは世間では倫理的な技術者のモデルとなりました。
もし、同じような事故が起これば、同じ行動をしなければならないと、みなさんは思いますでしょうか?
スペースシャトル・チャレンジャー号事件の事例を学習しながら、いろいろと想像をめぐらせてみることが「技術者倫理」の理解度を深めるために必要です。仮に、自分自身がボイジョリーの立場になったらどのような行動をとるかを、発射前と発射後に区分して想像していただくことも「技術者倫理」の事例学習の効果を上げることになります。

<技術者と経営者の判断区別に関する一考>
企業組織のなかで「技術者倫理」の問題に遭遇する際、ひとつの解決法として、経営者が判断することと技術者が判断することを区分し、その結果をベースに、最終判断を社長やCEO(Chief Executive Officerの略で最高経営責任者)が下すことの方法があります。
  1. 技術者が技術業の実務を優先して決定する事項。
    すなわち、技術業の専門的能力の範囲に入る技術に関わること、および技術者の倫理規定に定められていること、特に技術者が公衆の健康と安全を保護するように要求されている倫理基準に関することを、技術者が判断する。
  2. 経営者が経営的な事項を優先して決定する事項。
    価格、スケジュール、マーケティング、雇用者の士気や福利など、企業組織の狭義の経営要素に関わる事項です。また、それらの決定が技術者の実務や倫理基準に受け入れ不可能な妥協を強制しないことが絶対条件です。この考え方はハリスの著書にも提示されています。
    スペースシャトル・チャレンジャー号事故ではルンドが上記(1)の立場で、メーソンが上記(2)の立場にあり、その上で上司のメーソンが最終判断をしております。しかし、ルンドが(1)の立場にありながら、現実的には上司メーソンの「技術者の帽子を脱いで、経営者の帽子をかぶりたまえ」などの誤指示の影響で、(2)の立場に近い判断を下しています。
    今後「技術者倫理」の問題に遭遇した場合は、こういったタイプの事例を数多く学習しておくことが大切になってきます。そのなかで遭遇した問題に近い事例を選択し、それをベースに比較検討の上、遭遇した問題を解決することが不可欠となるからです。
<参考文献>
「大学講義・技術者の倫理学習要領」杉本泰治・橋本義平・安藤正博共著、丸善出版、2012年8月

注1 有意義な人生:技術者として企業や機関の組織におると、必ず倫理的判断を求める問題に
    遭遇して、その問題を解決することが必要になります。この解決のやり方を習得することは、
    著者の経験から下記の人生になります。
     1.若い時(20〜35歳)は見通しのある人生
     2.中堅時(35〜50歳)は苦しまない人生
     3.高齢時(50〜65歳)は余裕の人生
    この(1)(2)(3)を技術者としての有意義な人生を意味する。
注2 「科学技術者の倫理」ハリス、プリッチャード、ラビンス著、日本技術士会訳編、丸善 1998年
注3 モートン・チオコール社(Morton Thiokol)はシャトル打ち上げに使う組み立てロケットを製作して
    いる会社で本社は米国シカゴ市
注4 Oリングは下図のような構造になっており、1次Oリングと2次Oリングの二つのリングで構成
    され、材質はゴム製
    「自己から学ぶ技術者倫理」、中村昌允著、工業調査会、2005年8月の33頁より引用
注5 NASAはNational Aeronautics and Space Administrationの略で米国航空宇宙局

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