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【連載:技術者倫理入門 (2)】

技術者倫理を学習する目的

安藤 正博  
技術士(機械/電気電子/総合技術監理部門)  
 
わが国の工学系高等教育機関(大学・高専)で「技術者倫理」の学習をスタートする際は「技術者倫理」の定義と「技術者倫理」の学習目的を明確にする必要があります。「技術者倫理」の定義は前号の技術者倫理入門(1)で解説しましたが、分りやすく、簡単に表現しますと「技術者が、物やサービスを介して、消費者や一般市民に喜んでもらえる状況をつくり出す間接的な人間関係」であります。今回はつぎのステップに進み、「技術者倫理」を学習する目的について解説します。

1.学習が必須条件のJABEEの学生

最初にJABEEについて説明します。日本技術者教育認定機構をJABEE(Japan Accreditation Board for Engineering Education )と称します。このJABEEの指導の下で「技術者倫理」の教育が実施されています。JABEEは非政府団体として1999(平成11)年11月に設立し、機械学会・電気学会・土木学会などの技術系学会と連携を取りながら「技術者倫理」の教育を大学や高専で実施しております。その際に、JABEEが技術者教育プログラムの審査と認定を行います。
なお、JABEE設立時の趣旨はつぎの3項目です。
  1. 第三者機関としてのJABEEが技術者教育の質を保証する。
  2. その保証された質は国際的な同等性を確保する。
  3. 今迄に大学・高専で実施されてきた講義主体(インプット・ベース)から、達成度主体(アウトプット・ベース)に移行し、課題に対する実践的な解決能力を確保する。
これらを維持するために、PDCAサイクルを実行することが不可欠になります。すなわち、Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Act(改善)を繰り返しながら、継続的に解決能力などの維持と向上を図るのです。
JABEEは大学・高専で教育を受けた学生が将来世界で活躍できる技術者になるような教育を目指しています。この趣旨に則って、JABEEは教育プログラムの審査と認定の基準を定めております。
「JABEEの認定基準1 学習・教育目標」のなかに(a)から(h)までの項目があり、その(b)に「技術が社会や自然に及ぼす影響や効果、および技術者が社会に対して負っている責任に関する理解(技術者倫理)」が定められています。
したがって、JABEEの趣旨を受け入れた教育機関の学科やコース単位では「技術者倫理」のカリキュラムを認定プログラムのなかに取り込まなければならなくなり、「技術者倫理」の学習が必須条件となっているのです。

2.手法や考え方を学習して有意義な技術者人生

技術系の学生が社会に出て、企業や機関などの組織で活動すると、業務上の人間関係や利害関係で悩むことが多々あります。これらをいかに解決することができるかは技術者の人生にとって大きな課題となっています。同時にこの課題を容易に解決することが可能なら、技術者は有意義な、いや、楽しい人生を過すことができるのです。
この解決する手法や考え方はつぎの3点になります。
  1. 先人が今迄に、この種の解決方法を経験ベースから考え、表現化したいくつかの手法があります。代表的な手法は線引き問題の解決法としての決疑論と称する手法です。「技術者倫理」を学習していくなかで具体的な事例が提示され、その手法で課題を解決する機会が必ずあります。この手法は相反問題の解決のほか、例えば入社希望の会社をいくつか選択し、決定する際などにも応用することができます。なお、技術者が出合うモラルの問題(葛藤状況の解決など)に「線引き問題」と「相反問題」という二つのタイプがあり、それを解決する手法の決疑論と応用例の詳細は本連載「技術者倫理入門B」で取り上げます。
  2. 先人の技術者が葛藤を生じた際、どのように解決したかを詳細に記述した事例が多数あります。代表的な事例として米国のチャレンジャー号事件(1986年1月)が挙げられます。この事件は多くの技術者が企業や機関で働く際、個人が組織で出合う倫理的な葛藤課題と、その解決結果を示しています。この具体的な事例を通して、学生自身がロジャーボイジョリ(技術者)の立場になったと仮定し、どのような対応をするかを考えることで、倫理的な葛藤課題を解決する知識と意識を身につけることができます。このチャレンジャー号事件の詳細は本連載「技術者倫理入門C」で取り上げます。
  3. 企業や機関のなかで、技術者としての責務と企業の一員としての義務との間に、深刻な対立が生じることも多々あります。この対立をどのように解決するかが「技術者倫理」を学習する大きな目的です。
近年、多くの企業が倫理綱領とは別に行動基準を制定しています。この行動基準は倫理的な判断の基準となります。行動基準で営業成績と倫理が対立したときは倫理を優先するという方針にしておくことが必要で、企業の一員として倫理問題の解決が容易な方向になりつつあります。しかし、現実にはスッキリと割り切れない課題が生じることも多いのです。その際は「線引き問題を解決する決疑論」や、似たような具体事例を学習し、解決策を立てて実践しますが、それでもなかなか解決には至りません。そんなときはOJT(On the Job Training)で上司や先輩から具体的な教育を受け、課題を解決することが実践的手法として望ましいでしょう。この実践的な指導を受けることを前提として、常日頃から上司や先輩と良好な人間関係を構築しておくことが必要です。そこで、倫理(他人を思いやる直接的な人間関係)が不可欠で、倫理が実践されておればこそ良好な人間関係は成立します。この関係により十分な情報交換が行われ、困難な葛藤課題が解決する流れが生じるのです。
前述の(1)は「技術者倫理」を学習するなかで葛藤課題を解決する手法が習得でき、(2)では許された学習時間(わが国の大学・高専では90分間×15回程度)のなかで、葛藤課題を解決した典型的な事例を学習します。学生が企業や機関などの組織人となった際に遭遇する葛藤課題の解決は「技術者倫理」で学習した典型的な具体事例により、その手法と考え方を適用できます。同時に、より多くの具体事例も上司や先輩から習得できるでしょう。これをベースにして、倫理の実践で培われた良好な人間関係で、Bの解決策を実践しなければなりません。この(1)(2)(3)の方策を実践することで、企業や機関などで有意義、かつ楽しい活動が体験できます。「技術者倫理」の学習は有意義な人生を過ごしたい技術者にとって、絶対に不可欠なものなのです。

3.グローバル化への学習

科学技術にはグローバルの普遍性があり、米国もわが国も基本的には同一です。お互いに技術導入が行われ、科学技術の産物である製品は国際市場を通じて流通します。グローバルな共通の原理による法律と倫理を順守しなければならず、わが国独自の路線を歩むことは望ましくありません。言い換えると、わが国の常識がグローバルの視点より非常識となり、ときにはわが国の非常識が常識となることもあります。大学や高専でグローバルに適応するために必要な知識を学習し、企業や機関に入り、技術者として海外で活躍する際に、すぐにグローバル化に対応できることが大切です。そのために必要な知識はつぎの3点です。
  1. 国際的エンジニアリングの資格制度
    技術者の役割を遂行できる能力の有無を明確にするため資格や免許があります。先行する米国や欧州(英国や独国)などの技術者資格制度(PEなど)を把握するとともに、わが国の資格制度(技術士資格)も把握する必要があります。同時に、欧米の考え方をベースに導入されたPL法(製造物責任法)をはじめ、注意・過失・欠陥の区別、品質管理、説明責任などの知識と、それに関連する具体的な事例などを学習する必要があります。
  2. 技術者の国際間相互承認
    技術者は科学技術という普遍性のある能力を備え、世界のどこの場所でも仕事ができますが、それには国際感覚(意識)が必要です。それと同時に、国際化の地域連合(例えばEU:European Union)の状況、二国間協定・多国間協定(例えばAPEC:Asia Pacific Economic Cooperation)の実情、国際規格(例えばISO:International Organization for Standardization)といった基礎知識の学習が必要です。特に、JABEE設立時の趣旨「保証された質の国際的な同等性を確保」などが明記されております。そこで、現在、JABEE認定コースを受けている学生の能力が現実的に国際的な同等性を確保しているかを把握することも必要になっております。
  3. 技術者の財産的権利
    近年、技術者の知的財産権に関して、米国の考え方がグローバル化の視点より導入され、わが国ではこの点に関する多様な課題を提供しています。また、企業に勤務する技術者には依頼者から給料や報酬が支払われます。技術者は給料や報酬などの収入で、健康で文化的な生活を営むとともに、専門家としての能力を更新する努力をしております。そのようなことに収入は消費されるほか、その一部によって経済的な財産が形成されます。市民としての生活にも、技術者としての生活にも、安定した収入が大切なのです。安定性の確保のために、技術者の財産的権利として特許権があり、そのほかに技術者としての起業によるストックオプションなどがあります。
また、最近、米国では内部告発により、所属している企業から高額な収入を受けた技術者もいて、わが国でも今後の動向が注目されています。
このように「技術者倫理」を実践し、継続遂行することで、多くの収入を受けられるのが技術者のメリットでもあります。したがって、技術者や将来的に活躍する技術者予備軍の学生に、いかに日頃の生活において技術者が多様な役割を担っているのかを理解させることが大切になります。「技術者倫理」の学習目的を明確にすると同時に、技術者は素晴しいというプライドを持つことを意識させることが大切です。
日本の工学系高等教育機関で「技術者倫理」を学習する目的をまとめて示す。


<参考文献>
「大学講義・技術者の倫理学習要領」杉本泰治・橋本義平・安藤正博共著、丸善出版、2012年8月


< 技術者倫理入門 (1)  技術者倫理入門 (3) >


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